デジタルデバイド解消を加速する地域共創モデル:住民参加型サポート体制の構築と持続可能性
デジタル化が進展する現代社会において、デジタルデバイドの解消は喫緊の課題であり、多くの自治体や学校が様々な取り組みを進めています。単に情報通信技術(ICT)機器を供給し、基本的な操作方法を教えるだけでは、真のデジタル活用には繋がりません。地域に根ざした課題を理解し、住民一人ひとりのニーズに応じた支援を継続的に提供するためには、地域住民が主体となる「共創モデル」の構築が重要となります。
本稿では、地域におけるデジタル格差解消に向けた住民参加型サポート体制の構築に焦点を当て、その意義、具体的な成功事例、そして他の地域が応用可能なノウハウと政策的な示唆について解説します。
地域共創モデルの意義と基本原則
地域共創モデルとは、行政が一方的にサービスを提供するのではなく、住民自身が課題解決の担い手となり、地域内の多様な主体(NPO、企業、教育機関など)と連携しながら、共にデジタル格差の解消を目指すアプローチです。このモデルの主な意義は以下の通りです。
- 地域課題への適合性: 地域の文化、人間関係、具体的な生活様式に即した、きめ細やかな支援が可能になります。
- 持続可能性の向上: 行政依存ではない自律的な活動を促進し、長期的な視点での取り組みを可能にします。
- 社会関係資本の構築: 支援者と被支援者の間に新たなつながりを生み出し、地域コミュニティ全体の活性化に寄与します。
- 住民のエンパワーメント: 住民が主体的に関わることで、自己効力感を高め、地域貢献への意欲を引き出します。
このモデルの基本原則は、「住民の主体性」「多主体連携」「継続的な学びと成長」「成果の共有と改善」にあります。
事例分析:A市の「デジタル・コミュニティ・サポーター養成プログラム」
ここでは、架空の事例としてA市(人口約15万人の地方都市)が取り組む「デジタル・コミュニティ・サポーター養成プログラム」を分析します。
対象
A市に居住するデジタル機器の利用に不安を抱える住民(特に高齢者層)。支援の担い手は、地域のデジタル活用に意欲のある住民。
背景にある課題
A市では、市営の公共施設におけるデジタル端末の設置や、スマートフォン講習会の開催を通じてデジタル活用を推進してきましたが、以下のような課題に直面していました。
- 講習会に参加しても、自宅で困ったときに気軽に相談できる相手がいない。
- 個別の設定支援や、アプリの具体的な活用方法など、住民のニーズが多様化している。
- 地域における高齢者の孤立化が懸念され、デジタル活用を通じた地域コミュニティの再構築が求められていた。
- 行政職員だけでは、きめ細やかな個別対応に限界がある。
具体的な取り組み内容
A市は、これらの課題に対応するため、地域住民が住民を支援する「デジタル・コミュニティ・サポーター(DCS)」制度を立ち上げました。
- DCSの募集と養成:
- デジタルツールの利用経験があり、地域貢献に意欲のある住民を募集しました。
- 市が主催するDCS養成講座(全5回)を実施。講座では、スマートフォンの基本操作、オンラインサービス利用方法、トラブルシューティングの基礎に加え、傾聴スキルや情報セキュリティ、個人情報保護に関する知識も習得させました。
- 講座修了者にはDCSとして市が認定証を交付しました。
- 活動拠点の設置と連携:
- 市内の公民館、地域交流センター、図書館などをDCSの活動拠点として指定。定期的にDCSが常駐する「デジタル相談窓口」を設けました。
- 行政のデジタル推進担当部署が、DCSからの問い合わせに対応する専用窓口を設置し、技術的なサポートや情報提供を行いました。
- DCSの活動支援:
- DCS間の情報交換やスキルアップを目的とした月次研修会を開催し、最新のデジタル動向や新たな相談事例を共有しました。
- DCSの活動内容に応じて、交通費相当の謝礼を支給し、活動保険にも加入することで、安心して活動できる環境を整備しました。
- 広報と啓発:
- 市広報誌、ウェブサイト、地域回覧板などを通じてDCSの活動を積極的に広報し、住民への認知度向上を図りました。
- DCSが自ら地域イベントでデジタル活用のデモンストレーションを行う機会を設けました。
成果
- DCSの活躍: 3年間で累計80名のDCSが養成され、年間約2,000件の相談支援を実施しました。
- 住民のデジタル活用促進: DCSの支援を受けた住民からは、「気軽に質問できる人がいて助かる」「オンラインで行政手続きができるようになった」「家族や友人とビデオ通話で繋がれるようになった」といった声が多く寄せられ、デジタル活用への抵抗感が低減しました。
- 地域コミュニティの活性化: DCSの活動拠点には、デジタル相談だけでなく、住民同士の交流が生まれる場となり、地域コミュニティの活性化にも貢献しました。特に、DCS自身が高齢者であるケースも多く、共感に基づいた支援が奏功しました。
- 行政の負担軽減: 個別のデジタル相談を行政が直接対応するケースが減少し、より専門性の高い業務に注力できるようになりました。
成功要因と工夫点
- 住民の主体性を尊重: 形式的な講習だけでなく、DCS自身が自らの経験や知見を活かせる場を提供しました。
- 継続的なサポート体制: 養成後のDCSに対するスキルアップ研修や情報交換の場を設けることで、活動意欲と質の維持を図りました。
- 多様な連携: 行政がDCSの活動を後方支援し、地域内の公共施設が活動拠点を提供するなど、多角的な連携体制を構築しました。
- 身近な存在による支援: DCSが同じ地域の住民であることで、心理的なハードルが下がり、高齢者層が安心して相談できる環境が生まれました。
他の自治体・学校が応用可能なノウハウと政策的示唆
A市の事例から得られる示唆は多岐にわたります。他の地域で同様の取り組みを検討する際のポイントを以下にまとめます。
1. 担い手人材の「発掘」と「育成」の戦略
- 多様な層へのアプローチ: デジタル活用に意欲のある高齢者だけでなく、子育て世代の保護者、地域活動に関心のある若者、リタイア後のスキルを活かしたいビジネスパーソンなど、幅広い層に担い手としての参加を呼びかけます。
- OJTとピアサポートの導入: 座学だけでなく、実際の相談現場でのOJT(On-the-Job Training)や、DCS同士が学び合うピアサポートの機会を設けることで、実践的なスキルと自信を育みます。
- 認定制度の活用: 「デジタル推進委員」(デジタル庁)など、国の制度との連携も視野に入れ、担い手の社会的な認知度向上を図ることも有効です。
2. 持続可能な運営体制の構築
- 財源の多様化: 地方創生交付金、デジタル田園都市国家構想交付金などの活用に加え、クラウドファンディング、企業のCSR活動との連携、住民からの少額寄付など、複数の財源を組み合わせることで安定した運営基盤を築きます。
- 地域リソースの最大限活用: 地域に存在するNPO、ボランティア団体、IT関連企業、大学などとの連携を強化し、それぞれの強みを活かした役割分担を図ります。
- 行政の「伴走型」支援: 行政は、単なる資金提供や場所提供にとどまらず、広報支援、法務支援、活動のコーディネートなど、DCSが安心して活動できる「伴走型」の支援体制を構築することが重要です。
3. 評価と改善のサイクル
- 定期的モニタリング: 支援件数、住民の満足度、デジタル活用スキル向上度などを定期的に測定し、活動の効果を可視化します。
- フィードバックの活用: DCSや住民からのフィードバックを収集し、支援内容や運営方法の改善に繋げます。
- 成功事例の横展開: 地域内で生まれた優れたDCSの活動事例を広く共有し、他のDCSのモチベーション向上や新たな活動のヒントとします。
4. 行政と地域間の連携強化
- 定期的な協議の場: 行政とDCS、関係団体が定期的に集まり、課題や成果を共有し、今後の方向性を議論する場を設けます。
- 情報共有プラットフォーム: DCSが活用できるナレッジベースや、相談事例を共有するオンラインプラットフォームを構築し、情報格差の解消に努めます。
政策への示唆とまとめ
地域共創モデルによるデジタルデバイド解消は、単に情報格差を埋めるだけでなく、地域コミュニティを再活性化し、住民一人ひとりがデジタル社会の恩恵を享受できる「誰一人取り残さないデジタル社会」を実現するための強力な手段です。
政策立案や戦略策定に携わる皆様には、本稿で紹介したような住民参加型の取り組みを、自地域の特性に合わせてどのように導入・発展させるか、その可能性を検討いただくことをお勧めします。行政が主導しつつも、住民の主体性と地域の力を引き出すことで、より持続可能で、地域に根差したデジタル化を推進できるでしょう。